武蔵社会学論集 : ソシオロジスト 「The Sociologist : Journal of the Musashi Sociological Society」 >
2006年度・2007,No.9 >
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http://hdl.handle.net/11149/252
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タイトル: | 受苦圏の認知と地域社会 : 広島県内海町のLPG基地建設反対運動の事例から |
その他のタイトル: | Local Communities and the Recognition of Harm Zones : The Case of Opposition to the Construction of an LPG Facility in Utsumi-cho, Hiroshima Prefecture |
著者: | 武田, 尚子 TAKEDA, Naoko |
発行日: | 2007年3月22日 |
出版者: | 武蔵社会学会 |
抄録: | 本稿は,瀬戸内海の離島で起きたLPG基地建設反対運動(1970年代後半~80年代前半)を事例に,受苦圏に該当するとの認知が住民の間でどのように進展し,反対運動が形成されていったのか,その過程を分析する。 反対運動の中核的人物は,情報紙を精力的に発行し,地域社会にLPG基地に関する知識を普及させた。LPG基地が危険という基本的なフレームは,このような「半=専門的知識」の流布によって形成された。しかし,町内の集落には,自然村として蓄積してきた歴史や,集落間にみられる戦後の職業分化の相違が存在していたため,「半=専門的知識」だけでは,異なる集落の人々が連帯し,有効な反対運動を組織するには不十分であった。 町内のそれぞれの集落には,集落の社会構造や変容の過程を反映した「歴史的に蓄積されてきた決め事の制度」が維持されていた。これは,日常生活の根幹に関わるしくみであり,直接民主主義的な地域社会運営のありかたが「日常的知識」として,地域社会に蓄積されていた。この部分が違犯されているという人々の判断が,受苦圏に該当するという認知を生みだし,反対運動の組織化につながっていったと思われる。 「日常的知識」と「半=専門的知識」の相互補完が,受苦圏に該当するとの認知を進展させ,集落間の異質性をこえて,連帯する状況を生みだしていったと考えられる。 |
URI: | http://hdl.handle.net/11149/252 |
出現コレクション: | 2006年度・2007,No.9
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