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武蔵大学論集 「The Journal of Musashi University」 >
2009年度・第57巻 第1号 >

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タイトル: ビッグバンは保険市場を競争的・効率的にしたか
その他のタイトル: Did the Big Bang Make the Japanese Insurance Market Competitive and Efficient ?
著者: 茶野, 努
発行日: 2009年8月10日
出版者: 武蔵大学経済学会
抄録: 90 年代半ば以降,金融ビッグバンによって保険分野での規制緩和も進んだ。その過程で,保険会社の合併・買収が相続き,10 年を経た現在,損保の大合併(ビッグ3 体制)が計画されている。金融ビッグバンによって保険市場の競争が促進され,果たして,保険業の効率性は向上したのか。この点は必ずしも明確になっているわけではない。30 年間という長期スパンで生損保市場の競争度,効率性を計測し,ビッグバンの効果を検証する。 戦後の保険規制の基本的特徴は,銀行同様に「護送船団方式」と表現される市場競争よりも業界の安定を重視するものであった。とくに,損保では「損害保険料率算定団体に関する法律」(料団法)により価格カルテルが認められていた。金融自由化の流れと歩調を合わすように,80 年代後半以降から規制緩和の方向が打ち出された。そして,95 年の保険業法改正では,規制緩和による競争促進・市場効率化,健全性維持と経営危機時の契約者利益保護,公正な事業運営確保が謳われた。また,日米保険協議の合意を受け,97 年にリスク細分型自動車保険が認可され,翌年には料団法が改正された。 業界の変遷を見てみると,戦後の生損保市場は「20 社体制」と呼ばれる国内会社専有の時代が続いた。70 年代半ば以降外資を中心にした緩やかな新規参入が相次ぎ,生損保相互参入のときに会社数が急増した。そして,今世紀に入ると,合併・買収により企業数が大幅に減少に転じるという道程を辿った。このような保険会社の参入・退出に伴い,市場構造は変化してきた。一般に,市場構造はハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)で測られる。金融ビッグバン前後のHHI をみると,損保では総資産・経常収益ベースともに大幅に上昇し,生保に比べ急激に市場の集中化が進んでいる。 市場構造・行動・成果仮説によれば,市場集中度が高いほど,消費者余剰は減少する等市場成果が悪化する。HHI から判断すると,損保では競争状態が悪化する一方,生保は競争状態が変わらないか,緩やかながら好転していることになる。これは本当なのだろうか。従来,市場競争度を表す指標としてはHHI が用いられてきたが,これはある一時点での市場集中度を表すものに過ぎない。近年,「一定期間の順位やシェア変動といった市場の動態的な性質が市場競争度を表す重要な指標」となってきている。金融ビッグバン前後の二期間に分けて多時点シェア変動指数等を計算したところ,生損保ともに順位・シェアの変動が高まっており,順位・シェアが固定化されたビッグバン前の状況とは一変している。しかし,活発に買収・合併が行われれば順位やシェアの変動は大きくなるので,順位・シェアの変動の高まりを市場競争の成果と結びつけるのは早計であろう。 そこで,市場競争度の指標であるH 統計量を計測した。これは,収入関数の要素価格弾力性の総和に着目して競争度を検証するもので,この値が0 より小さければ独占,1 であれば完全競争,0 と1 の間であればチェンバレンの独占的競争を意味する。なお,チェンバレンの独占的競争とは多数の売り手の存在,製品差別化,参入制限がないという状況での競争である。ビッグバン前後の二期間に分けた推計の結果,生保の値は0.430 と0.434 でチェンバレン均衡の状態にあり,かつ競争度に変化が見られなかった。一方,損保の場合0.112と0.777 でチェンバレン均衡にあるものの,ビックバン後は競争度が高まっており,より完全競争の状態に近づきつつあるという対照的な結果が得られた。残された問題は競争度の変化が,保険業の効率性の改善に結びついているか否かである。時系列の生産性の変化を評価する方法には,DEA の効率性値を使ったMalmquist 指数(MI)がある(DEA は観測データから効率的フロンティアを計測し,各企業の効率性を評価するノンパラメトリックな分析手法である)。MI が1 より大きければ生産効率性が上昇している。また,同指数は,各企業の効率性がどれくらい上昇したかを示す「キャッチアップ効果」と,二時点間の効率的フロンティアの変化を表す「フロンティア・シフト効果」からなる。計測結果によると,損保の場合,ビッグバン以前には効率性の低下が見られたが,ビッグバン後では効率性が大幅に上昇している。これに対して,生保の場合,両期間とも効率性は上昇しているものの,フロンティア・シフト効果を見ればむしろ低下している。このような両業態の違いは,損保では合併・買収の対象となった保険会社が効率性の改善に大きな影響が及ぼしていて,経営改善に向けた前向きな合併・買収であることを反映している一方,生保では経営破綻会社等の外資による救済合併・買収が多く,効率性の改善に結びついていないことによっている。 以上結論をまとめると,損保市場はビッグバン前の非競争的で効率性が損なわれていた状態から,規制緩和,とくに価格カルテル撤廃によって競争が活発になり効率性が改善した。この点でビッグバンの効果を積極的に評価できる。一方,生保の場合,損保ほどには競争度,効率性が改善しておらず,ビッグバンの効果を評価しづらい。しかしながら,なおも,生損保市場ともにチェンバレン均衡の状態にあるのが問題である。すなわち,市場価格が限界費用を上回るマークアップが存在し,社会的に望ましくない死荷重が発生している可能性を否定できない。一層の競争促進を図るうえでは,製品差別化が問題となる。保険会社に対する消費者の情報劣位(情報の非対称性)によって,製品差別化戦略を通じた価格競争の緩和を行いやすいというという特質が保険業にはあるからである。すなわち,多種多様で複雑な保険商品によって,価格比較が行いづらいものになっている。では,何が必要か。 第一は,価格競争を促進するための比較情報の提供である。一般利用者が,保険商品の内容と保険料を正確に理解し比較することは非常にコストが掛かり過ぎるので,当局等が保険契約者の代理人として情報生産を行う必要がある。その場合,保険給付のための純保険料と,手数料に相当する付加保険料とに分けた開示とその比較が競争を促進するうえで重要である。第二は,販売チャネルの競争促進である。「専属的な」販売チャネルが多数を占めると価格競争の阻害要因となる。生保の一社専属制や損保代理店の専属化は,保険契約者にとって保険会社に対するバーゲニングパワーを弱めることになる。第三は,今般の損保の経営統合の是非である。これまでのデータに基づく分析では,市場集中化は必ずしも市場の競争度や効率性を低下させてはいない。しかし,今後のさらなる寡占化が競争を阻害しないとも限らない。産業組織論的な観点から市場構造の変化による市場成果(保険価格等)への影響を検証していく必要がある。
URI: http://hdl.handle.net/11149/1428
出現コレクション:2009年度・第57巻 第1号

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