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    <title>DSpace コレクション: 2008-03-22</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/156</link>
    <description>2008-03-22</description>
    <pubDate>Fri, 24 Apr 2026 09:03:14 GMT</pubDate>
    <dc:date>2026-04-24T09:03:14Z</dc:date>
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      <title>性別のエスノメソドロジー研究 : ガーフィンケルの記述を再考する</title>
      <link>http://hdl.handle.net/11149/260</link>
      <description>タイトル: 性別のエスノメソドロジー研究 : ガーフィンケルの記述を再考する
著者: 上谷, 香陽
抄録: 本稿では，ガーフィンケルの議論（「パッシング～」論文）（Garfinkel 1967 : 116－185）に依拠しながら，性別のエスノメソドロジー研究の問いの所在を探る。2章では，ガーフィンケルの議論を内在的に検討するにあたって，この論文が書かれた時代背景を考慮した，いくつかの留意点を確認する。3章では，性別類型を道徳的秩序として扱うというガーフィンケルの中心的主張の意味内容を検討する。4章では，ガーフィンケルの議論に依拠した性別のエスノメソドロジー研究の代表としてウエストらの議論を取り上げる。ウエストらの議論の中でガーフィンケルの議論がどのように受容されたのかを検討するとともに，両者の発想の違いを明らかにする。そのうえで5章では，ガーフィンケルが，二分法的な性別の成立の仕方をどのように捉え，記述しようとしたのか改めて考える。エスノメソドロジーという記述のスタイルによって浮き彫りにされるのは，一定の性別のあり方が社会的事実として現に存在できるということは，別の性別のあり方が存在できないということとの関係において成立可能になっている，ということである。本稿では，このような性別の捉え方と，ウエストらによる「ジェンダーの相互行為的達成」という捉え方の発想の違いを検討しながら，性別のエスノメソドロジー研究にとっての問題を改めて設定し直す。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Mar 2008 15:00:00 GMT</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hdl.handle.net/11149/260</guid>
      <dc:date>2008-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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      <title>親密性と共在・覚書 : グレゴリー・コルベール「Ashes and Snow」展によせて</title>
      <link>http://hdl.handle.net/11149/261</link>
      <description>タイトル: 親密性と共在・覚書 : グレゴリー・コルベール「Ashes and Snow」展によせて
著者: 矢田部, 圭介
抄録: 写真家・映像作家グレゴリー・コルベールは，非常に近い距離で居合わせる動物と人間とをとらえた作品によって，私たちに，動物と人間との親密な関係性を感じさせてくれる。本稿の目的は，こうしたコルベールの作品をとおして，親密性という発想の可能性を検討することにある。 斎藤やシュッツの親密性についての議論を参照すれば，他者を親密な対象として経験するということは，人称性にもとづいた代替不可能性において他者を経験するということであり，これは，他者を類型化するという指向性を前提にしてはじめて可能であることが分かる。 しかし，コルベールの作品に非常に多く登場しこれを特徴づける眠りというふるまいは，こうした他者への指向性が極小であるような状態である。つまり私たちは，コルベールの作品のなかに，指向性にもとづく人称的な代替不可能性としての親密性は読みとりがたいはずなのだ。それでは，そこに私たちが読みとってしまっているものは何であるのか。 それは，コルベールの作品を，お互いに何者でもなく，ただ，いまここに居合わせている状態としての「共在」という事態を描き出す試み，ととらえることで見えてくる。私たちは，この「共在」という事態に，特定のいまここに共に在ることにもとづく代替不可能性としての共在をみいだすことができる。コルベールの作品から示唆されるのは，こうした共在という水準での他者の取り替えがたさだといえるだろう。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Mar 2008 15:00:00 GMT</pubDate>
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      <dc:date>2008-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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      <title>コミュニティ・ジャーナリストの志向と役割ディアスポラ変容エージェントのメディアグラフィ</title>
      <link>http://hdl.handle.net/11149/258</link>
      <description>タイトル: コミュニティ・ジャーナリストの志向と役割ディアスポラ変容エージェントのメディアグラフィ
著者: 白水, 繁彦
抄録: 本稿の目的は，遠隔地に離散したディアスポラなエスニック・コミュニティを舞台に活動するジャーナリスト（コミュニティ・ジャーナリスト）を取り上げ，かれらのメディア活動に至る背景を生活史的な部分にまで入り込んで明らかにしてみること。そして，どのような人がコミュニティ・ジャーナリストになるのかを探ることである。その意図は，コミュニティ・ジャーナリストをはじめ，より多くの変容エージェントがいる社会ほど活性化するのではないかという期待があるからである。筆者はコミュニティ・ジャーナリストを以下のように3分類する。（1）職業的コミュニティ・ジャーナリスト，（2）半職業的コミュニティ・ジャーナリスト，（3）在家コミュニティ・ジャーナリスト 本稿では紙幅の都合で，（1）の例をハワイと日本から一人ずつ，（2）の例をロサンジェルスから二人選んで紹介する。かれらおよび筆者がこれまで交流してきたコミュニティ・ジャーナリストのメディアグラフィカルな語りから以下のような点を見出した。第1に，小さいころから批判精や好奇心が旺盛であること，さらに作文など各種の手段を用いて表現することを好んだこと。第2に，エスニック文化や平和，社会的公正など，強く訴えたいものを持っていること。第3に，大学等でジャーナリズムを専攻したり主流メディアでスキルを習得した人は専門的コミュニティ・ジャーナリストになり，セルフメイドの人は在家コミュニティ・ジャーナリストになるケースが多いことである。最後に，善意を出発点とするコミュニティ・ジャーナリストであってもメディア倫理を重要視する必要があることを指摘した。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Mar 2008 15:00:00 GMT</pubDate>
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      <title>都市社会学からwork論への転回 : Ray Pahlの軌跡とイギリス社会学へのインパクト</title>
      <link>http://hdl.handle.net/11149/259</link>
      <description>タイトル: 都市社会学からwork論への転回 : Ray Pahlの軌跡とイギリス社会学へのインパクト
著者: 武田, 尚子
抄録: 本稿はイギリス社会学者Ray Pahlの研究の軌跡に焦点をあて，その研究業績の意義について明らかにする。Ray Pahlは1960年代～70年代半ばまでは，都市社会学の領域において研究を深め，その代表的業績はurban manage-rialism論として知られている。これは都市における資源配分過程に着目し，都市における官僚制を分析する視角であった。ロンドンの郊外住宅地の形成過程，middle-classの調査に基づいている。urban managerialism論は国際的にも高く評価され，日本では新都市社会学の研究者の1人として紹介されてきた。 しかし，Ray Pahlは1970年代半ば以降は，work論へと研究の方向を転換した。その代表作は1984年に出版された『Divisions of Labour』である。社会学以外の分野からも高い評価を得た研究で，欧米ではこの領域の研究のほうがよく知られている。これは，Isle of Sheppeyというロンドン大都市圏外側に位置する工業地域・working-class集住地域で，work， 家族，地域社会について，10数年かけて実施した綿密な調査である。 本稿は，Ray Pahlが都市社会学からwork論へ転回した背景について，当時のイギリス社会の状況をふまえながら考察した。また，転回する前と後の研究の連続する面，転回によって切り開いた新しい側面を明らかにし，Sheppey Studiesの意義について考察した。</description>
      <pubDate>Fri, 21 Mar 2008 15:00:00 GMT</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hdl.handle.net/11149/259</guid>
      <dc:date>2008-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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