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    <title>DSpace コレクション: 2024-03-22</title>
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    <description>2024-03-22</description>
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    <dc:date>2026-04-21T00:26:59Z</dc:date>
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    <title>震災遺物と震災遺構の語り方―ふくしま震災遺産保全プロジェクトの震災遺産展―</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/2600</link>
    <description>タイトル: 震災遺物と震災遺構の語り方―ふくしま震災遺産保全プロジェクトの震災遺産展―
著者: 矢田部, 圭介
抄録: ふくしま震災遺産保全プロジェクトの震災遺産展では，震災遺産がふくしまの経験を語るとされる。このとき，じっさいにおきているのはどのようなことだろうか。ふくしまの経験を語りうる震災遺産とはどのようなもので，それは震災遺産展でどのようにはたらいているのか。そしてそれが語るのはどのような物語なのか。ふくしま震災遺産保全プロジェクトでは，東日本大震災が産み出したモノやバショのうち，特定の場所との結びつきが明らかで，その来歴を辿ることの可能なモノやバショを，震災遺物や震災遺構として保全の対象としてきた。そして，震災遺産展では，こうした震災遺物や震災遺構は，言葉と組み合わせられて，個別具体的なふくしまの経験を，物語として提示した。このとき，震災遺物や震災遺構は，この物語の構成要素でありつつ，それをうらづける証拠ともみなされる。また，震災遺産展で提示された個々の物語は，断絶のプロットにもとづく物語と捉えることができる。そして，この断絶の物語がはらむ震災以前と以後との非連続性は，震災遺構・震災遺物の痕跡としての性質によって裏づけられている。同時に，ふくしま震災遺産保全プロジェクトでは，震災以前と以後との連続性も強調され，それが震災遺構の場所性と震災遺物の物質性によって証しされる。こうしたふくしま震災遺産保全プロジェクトの実践は，阪神・淡路大震災の経験をふまえた問題提起への，東日本大震災の経験からの回答だとみなすことができる。</description>
    <dc:date>2024-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>The Renaissance of Māori Art and The Implication for Museums : Tainui-Waikato Perspective</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/2599</link>
    <description>タイトル: The Renaissance of Māori Art and The Implication for Museums : Tainui-Waikato Perspective
著者: NAITO, Akiko
抄録: 1987年，ニュージーランドは「テ・マオリ」という展覧会の話題で持ちきりであった。「テ・マオリ」は，アオテアロア／ニュージーランドの先住民マオリと博物館の関係の歴史のなかで，画期的な展覧会とされており，先に開催されたアメリカからニュージーランドに戻り，凱旋展示を行ったのである。筆者は調査地のタイヌイ・マオリ集団とともにバスを連ね，会場となったオークランド・シティ・アート・ギャラリーへ向かった。そこで夜明けに行われた開会式の詠唱と儀礼に参加したこと，マオリアートのカイチャキ(守り人)である各マオリ集団のリアルな説明を受けながら見て回ったことは，「博物館の展示を見る」という行為とはまったく次元の異なる体験であった。本論では展示する側，展示される側，見る側の相互交渉が深く印象づけられた「テ・マオリ」展をふまえ，「文化の表象」や「先住民と博物館活動」の関係性を自己決定権の観点から考察する。とりわけ，マオリ・ルネサンスやマオリアートと博物館活動の関わりについて，脱植民地化の視点から，ワイカト－タイヌイの事例を中心として概観する。</description>
    <dc:date>2024-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/2598">
    <title>日常に切り目を入れるグラフィティ・アート</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/2598</link>
    <description>タイトル: 日常に切り目を入れるグラフィティ・アート
著者: 大屋, 幸恵
抄録: 「芸術」という現象は，各時代の芸術の機能や芸術家の立場をよく反映したものである。近代において芸術は，ハイカルチャーとして上流階級のために存在していた(と言っても過言ではない)。しかし，ある種の共通した美に対する価値観を失ったポストモダン期には，他の領域と同様に「個人化」を余儀なくされる。そういった社会構造の変化に連動した人々の意識の変化ついて，本論文では「監視社会」を取り上げ，現代の人びとが個人の生活の「安心・安全」ためには「見られる」こと，すなわち，監視されることを厭わずいとも簡単に自由を引き渡してしまっていること，さらに，デジタル化の浸透によって社会の一員であることを示すために，個性や個人的価値観を捨て去ってしまった個人がデータ化されている状況，つまり，個人の＜生身の＞身体が消失するプロセスについて指摘した。グラフィティについても，本来は，支配された公共空間(社会)へ痛烈な批判や異議申し立てを含むカウンターカルチャーであり，監視の目を掻いくぐりつつ貧困や人種差別といった社会問題を可視化するきっかけでもあったが，事例として挙げた英国・グラスゴー市の「ミューラル(壁画)」は，市当局の管理・運営の下に描かれており，街の再生の資源というまさに「パブリック」・グラフィティ・アートとなっていることから，従来の「意味内容(シニフィエ)」とは異なるものになっている。反体制を掲げて始まったシュルレアリズム運動もいつしか芸術の一ジャンルとして吸収，制度化され，人びとは，そして，アーティスト自身もミュージアムでシュルレアリズム作品が展示されることが当たり前だと認識するようになっている。同様に，1960年代から始まったグラフィティ・アートもまた，現在では企業が広告に利用するなど社会・経済の変化とともに体制に取り込まれることによって「カウンター・パワー」は減退していると言わざるを得ない状況にあり，アートの領域だけではなく，社会における位置づけもまた変化していることが明らかになった。</description>
    <dc:date>2024-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/2597">
    <title>小川正恭さんの思い出</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/2597</link>
    <description>タイトル: 小川正恭さんの思い出
著者: 白水, 繁彦
内容記述: 小川正恭先生追悼特集</description>
    <dc:date>2024-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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