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    <title>DSpace コレクション: 2010-03-22</title>
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    <description>2010-03-22</description>
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    <dc:date>2026-04-25T01:37:10Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/268">
    <title>宮本常一の西日本社会論 : 「合理性」への関心と村落社会構造の把握</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/268</link>
    <description>タイトル: 宮本常一の西日本社会論 : 「合理性」への関心と村落社会構造の把握
著者: 武田, 尚子
抄録: 宮本常一は西日本社会の村落構造と，東日本の村落構造には相違があることを指摘している。宮本はそれぞれの村落社会に固有にみられる「合理性」の内容やタイプに関心をいだいた。本稿は宮本常一の著作を通して，宮本の「合理性」着想の根拠を明らかにする。 宮本がある種の「合理性」に関心を抱くようになったのは，2つの経験が基盤になっている。1つは自らの農業経験，もう1つは終戦前後に食糧供出要請の公職を担当した経験である。篤農家と交流を重ね，徹底した合理性の追求と，それに対する合意・承認が，村落社会の自律的なしくみの根底にあることを見出していった。1950年代に入って，宮本の研究対象は漁業・漁村，離島に広がり，徹底した合理性，それを貫徹するために保障することが必要な対等な関係性，それらを基盤にして調達できる合意・承認の在り方に対する理解が深まっていった。 宮本は，村落社会で見かけた「合意・承認のあり方」について，様々な角度から繰り返し記述している。合意が形成されるには，フォーマルな話し合いの場である「村の寄合い」と，インフォーマルな情報交換ルートが密接に関連していることが重要であった。インフォーマルな情報交換の担い手として，宮本が着目したのが年齢別集団の高齢者とジェンダー別集団の女性たちである。 宮本は「合理性」に着目することによって，コミュニケーションが行われている物理的空間，発言を活性化させる対等な関係性，活発なコミュニケーションの機会を内蔵している村落社会の実態を明らかにしていった。 宮本が歩いたのは第一次産業就業者層がまだ多数存在していた戦後の村落である。各集落が維持していた「合理性」のあり方を看取できる時代に，村落を綿密に調査し，コミュニケーションの実態，空間利用のありかた，集団内の関係性に着目することの重要性を宮本は指摘したのである。</description>
    <dc:date>2010-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>市民電子会議室という実験を評価する : 成果ではなく，環境からみた活動妥当性の検証</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/269</link>
    <description>タイトル: 市民電子会議室という実験を評価する : 成果ではなく，環境からみた活動妥当性の検証
著者: 粉川, 一郎
抄録: 全国で唯一の成功事例といわれる藤沢市の市民電子会議室事業。インターネット上での市民のコミュニティづくりと政策提言活動をサポートするシステムだが，そのあり方には見直しが必要な時期が来ている。しかしながら，こうした市民事業は一般的な効率性のような指標で評価することは難しく，新たな視点での評価の試みが必要である。そのため，本研究では成果そのものを評価対象とするのではなく，環境変化に実際の運営が対応してきたかどうかを中心に評価を試みることとした。その上で過去年の情報コミュニケーション環境の変遷と，協働環境の変遷に着目した。前者については，一般に利用されている情報コミュニケーションシステムのインターフェースには大きく変化が生じており，市民電子会議室当初の考え方が今では必ずしも受け入れられていないことが分かった。また，協働環境においても，指定管理者制度の導入に象徴されるように，市民と行政の関係は単なる協力から責任あるパートナーシップの段階に移行しており，その点，現状の市民電子会議室の運営とは差が生じてきることが分かった。藤沢市市民電子会議室は，その先進的な取り組みと，設計の緻密さゆえに，情報コミュニケーション環境の変化と協働環境の変化に必ずしも適応できているとはいえない状況がこれらのことから理解できた。今後は，市民電子会議室を経験した市民による機動性と柔軟さに富んだ，新しい運営のあり方が期待される。</description>
    <dc:date>2010-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>学生アルバイトとジェンダー : 賃金格差，性別職務分離，セクシュアル・ハラスメント</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/270</link>
    <description>タイトル: 学生アルバイトとジェンダー : 賃金格差，性別職務分離，セクシュアル・ハラスメント
著者: 中西, 祐子
抄録: 8割近くの大学生が学生アルバイトに従事している今日，そこで働く若者たちは，企業によって都合よく使える労働者ともなっている。こうした「使い捨てられる若者たち」の間では，社会人が職場で経験する労働とジェンダーの問題はどのようになっているのだろうか。本稿では，年度月に，東京都内にあるつの大学学生名を対象に行った質問紙調査のデータを分析し，賃金格差，性別職域分離，セクシュアル・ハラスメントといった「ジェンダー構造」が，学生アルバイトにおいても見られることを明らかにした。さらに，アルバイト先で女子学生たちは男子よりも性的からかいや，セクシュアル・ハラスメントを多く経験していること，中でもレストランのホールスタッフやファストフードなどのサービス業や営業の仕事に携わる者ほど，顧客からハラスメントを受けるケースが多いことを指摘した。最後に，サービスを提供する者が顧客から受ける，からかいやハラスメントの原因を考察し，サービス提供者が，常に顧客のニーズに笑顔で答えるための「役割演技」や「感情労働」を期待されているところに，その要因があるのではないかと指摘した。</description>
    <dc:date>2010-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>ドロシー・スミスにおける社会的記述の問題 : institutional ethnographyという視点</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/267</link>
    <description>タイトル: ドロシー・スミスにおける社会的記述の問題 : institutional ethnographyという視点
著者: 上谷, 香陽
抄録: 「women's standpoint」からの社会学的探究を提唱するスミスの議論はこれまで，しばしば，「男性対女性」あるいは「専門家対しろうと」という実体的な二項対立図式の後者の立場に立つものとして捉えられ，両者の権力関係を告発する議論として読まれてきた。本稿ではこのようなスミス解釈に対する，ドロシー・スミス自身の反論をふまえ，彼女の社会学を別の論点で読んでいく。スミスの社会学の主題は，人々の局所的行いによって組織されると同時に人々の局所的行いを組織する脱局所的関係を，人々の実際の日常生活の場所から解明することにある。そのための一つの社会学的記述（institutional ethnography）の開発が，試みられているのである。本稿は，スミスの言うinstitutional ethnographyについて，彼女の議論における「テクスト（text）」概念の検討をとおして理解を深める。スミスによる具体的な事例研究をふまえ，「women's standpoint」から出発する社会学的探究が社会学的記述についていかなる問題を提起しているのか，考察したい。</description>
    <dc:date>2010-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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