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    <title>DSpace コレクション: 2004-03-22</title>
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    <description>2004-03-22</description>
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    <dc:date>2026-04-19T17:07:45Z</dc:date>
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    <title>空間再編成への関与 : 地域工業団体の性格の変容</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/230</link>
    <description>タイトル: 空間再編成への関与 : 地域工業団体の性格の変容
著者: 武田, 尚子
抄録: 本論文は，東京都大田区下丸子・矢口地区の町工場経営者が任意に加入する「工和会」という地域工業団体に着目し，当該地域の用途地域指定変更をめぐって，地域工業団体の性格がどのように変容してきたのかを明らかにした。昭和47年（1973），この地域において中小・零細工場が密集し，準工業地域指定であったエリアが，用途規制の厳しい第2種特別工業地区や住居系に変更される問題が生じた。これが，契機となって，親睦的機能の側面が強かった工和会は，その性格を変化させていった。用途地域変更という空間利用をめぐる問題に関わることを通して，町内会や連合町会など地域集団との関わりも密接になり，行政に意見を提出するルートも新たに開かれた。このようにして，地域社会の現実に対応する機能的側面を強めていった。鈴木広は，β型都市において，経済過程と政治過程を媒介する媒介過程の主要なファクターである社会集団は，地域集団と企業集団（機能集団）であることを明らかにした。本論文は，上記の考察を通して，企業集団が政治過程への媒介過程をどのように構築していったかを，その端緒にさかのぼって実証的に明らかにしたものである。</description>
    <dc:date>2004-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/231">
    <title>長期化する若年失業の実状とその構造</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/231</link>
    <description>タイトル: 長期化する若年失業の実状とその構造
著者: 小渕, 高志
抄録: 「フリーター」と呼ばれる若者たちの多くが，実は早く定職に就きたいと考えている。しかし，現実は求人数の減少という新卒労働市場の悪化で，学卒と同時に無業者となる若者が増えている。かれらは，その間アルバイトなどの臨時雇用に就きながら，正規の就職を目指すが，その待機期間とも言える失業期間は長期化の傾向をたどる一方である。そこで本稿の課題を，若者が職業の選択において本来の選択肢を断念せざるをえなくなった原因を探ることに設定した。そのアプローチとして，労働市場と若者の意識や就業行動の二つに焦点をあてて考察を行った。また，教育機会などの社会的格差を分析してみたところ，若年における高卒・大卒無業者層は，豊かな階層からではなく，むしろ下層からより多く出現していることが明らかになった。さらに，高卒者と大卒者との間における学歴差からの失業のリスクに格差もあることから，高卒無業者層は出身階層による「教育機会の収奪」とあわせて労働市場における二重の格差にさらされている。その原因は，進学や就職における階層間格差の拡大と，産業構造の変化による就労形態の多様化にある。本稿では，階層研究の視点を取り入れながら，就労形態が多様化してきた結果の問題点として「フリーター」に焦点を当てた分析と考察を行い，企業の今後の人事政策と社会保障の観点から就労形態の多様化に対して一定の提言を試みた。</description>
    <dc:date>2004-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/228">
    <title>スウェーデン「国民高等学校」 : 形成と変化</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/228</link>
    <description>タイトル: スウェーデン「国民高等学校」 : 形成と変化
著者: 大村, 好久
抄録: 成人教育の世界はその対象の現実から，義務教育とは異なって著しく多様なものであり，20世紀後半からは西欧社会を中心に“生涯学習life-long learning”としてとらえられるようになってきてもいる。成人教育・生涯学習の展開に関して，西欧社会，なかでも北欧，スウェーデンにおける進展はとくに目立ち，量・質ともに群を抜いている。スウェーデン社会に認められる成人教育・生涯学習のそのような現実が，どのような歴史と機構のなかで存続し得ているのか，なかでも独特な存在として注目される，“国民高等学校folkhogskola”について理解するのがこの論文の課題である。それは，学校教育制度の一翼として個人と社会を緊密に結び，社会変化と個人形成に強く関与している。そこで今回は，1.「国民高等学校」の形成において，19世紀後半に創設された国民高等学校の成立背景とその後20世紀の社会変化にともなって形成・発展したその様相を把握し，2.国民教育としての「国民高等学校」では，そこに根差す独特な教育哲学，形成教育bildningが，それに見合う教育方法，教育環境を醸成して，年齢・分野ともに幅広い国民教育，まさに成人教育・生涯学習を展開してきた実態を見る。こうした理解にもとづいて，3.今日の「国民高等学校」では，スウェーデンの社会変革に対応して1990年代に入り，“3つの役割”の伸長・充実のもと再編強化される国民高等学校の動向を捉えるとともに，学校教育制度としてのその運営機構を詳らかにする。スウェーデンの国民高等学校が独自の教育哲学，人間観に立つがゆえに，変化する時代や社会の動きにしなやかに対応し得てきた事実を，論述から十分に理解することができるだろう。このような背景と蓄積をもって，国民高等学校のなかには今日，海外諸国にも進出し，とりわけ開発途上国援助に沿う方向で同種学校の建設協力にかかわる事例が現れている。スウェーデンに関するこの領域の研究は，わが国において未着手の状態にある。本稿の理解，および「国民高等学校」がスウェーデン社会の歴史の中に成立してきたことの理解のために，今回とくに，「国民教育に関するスウェーデン年表」を付して手掛りとした。</description>
    <dc:date>2004-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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  <item rdf:about="http://hdl.handle.net/11149/229">
    <title>ソーシャル・キャピタル論から権限付与型参加統治論へ</title>
    <link>http://hdl.handle.net/11149/229</link>
    <description>タイトル: ソーシャル・キャピタル論から権限付与型参加統治論へ
著者: 五味, 太始
抄録: 過去30年間にわたる政治への信頼の低下は，「福祉国家」や「大きな政府」，または「行政国家」や「官僚政治」などの特定の種類の政治形態に対する不信感であったといえるかもしれない。この種の政治形態は，大規模で，扱いにくく，小回りのきかないトップ・ダウン型の組織から成り立っている。一般的に，多くの人たちが，このような組織とそこで働いている人たちに対して，根深い不信感を抱くようになってきている。同時に，多くの人たちが，このような組織を他の組織形態よりも，時代遅れで，非生産的なものとみなすようになってきてもいる。つまり，政府の「存在目的」について議論する人たちは，多かれ少なかれ，民主政治・民主主義に対しては高い信頼を寄せ続けているが，政府の「手段」に対する不信感や不満を，述べているのである。</description>
    <dc:date>2004-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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