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  <title>DSpace コレクション: 2022-03-22</title>
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  <subtitle>2022-03-22</subtitle>
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  <updated>2026-02-12T16:33:25Z</updated>
  <dc:date>2026-02-12T16:33:25Z</dc:date>
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    <title>新聞記事における看護師の表象 -Covid19 状況下における看護専門職の描かれ方</title>
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      <name>斉藤, 倫代</name>
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    <updated>2022-06-29T16:30:15Z</updated>
    <published>2022-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: 新聞記事における看護師の表象 -Covid19 状況下における看護専門職の描かれ方
著者: 斉藤, 倫代
抄録: 2020年のCovid-19状況下において，医療職である看護師の奮闘する姿がニュース番組や新聞などの報道で多くみられるようになったが，その描かれ方に変化はあったのだろうか。本稿の目的は，看護師の重要性が増したと言われている中で，いかにその表象が変化したのか否かについて確認することである。研究対象は，社会的信頼が高い新聞(朝日新聞毎日新聞)でCovid-19が感染拡大する2020年を含む5年間(2016年-2020年)分の見出しと，2020年1年分記事(毎日新聞)である。見出し数は2020年の朝日新聞のみで約2倍の増加がみられたが，毎日新聞ではほとんど変化がなかった。また，看護師の件数は医師に比べ約1/3のと少なくCovid-19前と大きな変化はなかった。「看護師の感染」「心的負担」が多く報道され，看護実践そのものは，ほとんど描かれない傾向であった。
内容記述: 研究ノート; Research Notes</summary>
    <dc:date>2022-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>国家の教育権の問題構成</title>
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      <name>加藤, 敦也</name>
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    <updated>2022-06-29T16:30:15Z</updated>
    <published>2022-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: 国家の教育権の問題構成
著者: 加藤, 敦也
抄録: 本稿の目的は，国家が教育内容を決定する権利を持つとする国家の教育権説の問題について，教育行政による政策の歴史的展開と教育権の所在を巡って問題となった事例を検討することにより，考察するものである。日本国憲法の制定に伴い，国民主権の原理に基づき，教育についてはその内容を決定し，統制する権利の主体は国民であると想定されてきた。また，戦後すぐは平和主義と民主主義を謳う憲法理念に沿った教育が希求された。しかし，1950年代に突入すると，朝鮮戦争を契機とした占領軍の方針転換に伴い，日本に再軍備化が求められ，そのために国家が愛国心教育を唱導すべきだという教育政策が求められることとなった。また教育勅語を模範として1947年教育基本法改正と憲法改正を目論む政治家の思惑もあり，教育を中央集権的な教育行政を通じて国家が統制しようとする法律が整備された。歴史学者の家永三郎が提起した教科書検定問題も，全国的な規模で日教組の教員が抵抗した学力テスト問題も国家が教育内容を画一的に決定することの是非が問われた事例である。どちらの事例も1947年教育基本法第10条第1項の「不当な支配」を訴え，国家による教育内容への介入が不法であると強調した。しかし，1999年に国旗・国歌法が成立し，2006年に教育基本法が改正されて以降は，法律が国家の教育権を支持する状況ができた。これは思想・良心の自由を規定する憲法および子どもの権利条約に抵触する問題である。
内容記述: 研究ノート; Research Notes</summary>
    <dc:date>2022-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>地方の産業博物館の現状と抱える課題</title>
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      <name>松本, 恭幸</name>
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    <updated>2022-06-29T16:30:15Z</updated>
    <published>2022-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: 地方の産業博物館の現状と抱える課題
著者: 松本, 恭幸
抄録: 今日，特定の産業の歴史や概要について紹介する産業博物館が，各地の産業遺産や現役の産業を観光資源として活用して観光プロモーションに役立てようとする動きが活発化する中で注目されるようになり，地域学習の場としても期待されるようになった。だが地方の産業博物館ではいろいろな課題を抱えており，本稿ではそうした課題について，①企業が運営する産業博物館から2館，②地域産業を伝える産業博物館から2館，③過去の地域産業の記録と記憶を伝える産業博物館から2館，計6館にヒアリング調査を行った。そしてその結果をともに，①企業博物館として運営する際の方向性，②地域の観光の中での位置づけ，③産業遺産の保存，記録と記憶の継承の3つの点から，地方の産業博物館の抱える課題について整理した。
内容記述: 研究ノート; Research Notes</summary>
    <dc:date>2022-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>ミックス・ルーツの子育てにおけるレイシャル･リテラシー―ある男性の二つのインターマリッジを事例として―</title>
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      <name>りむ, よんみ</name>
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    <updated>2022-06-29T05:45:00Z</updated>
    <published>2022-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: ミックス・ルーツの子育てにおけるレイシャル･リテラシー―ある男性の二つのインターマリッジを事例として―
著者: りむ, よんみ</summary>
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