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  <title>DSpace コレクション: 2007-03-22</title>
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  <subtitle>2007-03-22</subtitle>
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  <updated>2026-04-14T05:50:03Z</updated>
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    <title>日韓大学生のテレビ番組相互利用調査</title>
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      <name>黄, 允一</name>
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      <name>小林, 直美</name>
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    <updated>2018-07-17T07:01:26Z</updated>
    <published>2007-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: 日韓大学生のテレビ番組相互利用調査
著者: 黄, 允一; 小林, 直美
抄録: 本研究は2004年11月16日～12月18日にかけて東京半径35km圏内の12大学と，ソウル半径35km圏内の10大学で集合調査を行い，それぞれ94.2％と93.5％の回収率を得て行ったものである。本研究は，相手国のテレビ番組を両国の大学生がどのように視聴しているかを調べたものである。 調査結果では，日本の大学生のなかで「韓流」が起きる前から韓国のテレビ番組に興味があった人は1割程度であり，韓国に対しては5割程度が関心をもっていた。韓国の大学生のなかで「日本大衆文化開放」が起きる以前から，日本のテレビ番組に興味があった人は3割弱であり，日本に対しては6割以上が関心を示していた。相手国のテレビ番組を視聴する際に，日本の大学生が最も利用するメディアは「地上波放送」と「BS放送」であり，一方韓国の大学生は「CATV」と「インターネット」であった。 両国の大学生は自国で最も好きなテレビ番組のジャンルは「娯楽・バラエティー」であり，相手国のみたいテレビ番組のジャンルでは，日本の大学生は韓国の「映画」を挙げ，韓国の大学生は日本の「アニメ」をあげている。「ドラマ」のように，自分の好きなテレビ番組ジャンルは，相手国のテレビ番組でもみたい，また，韓国の「映画」，日本の「アニメ」のように世界的に評価されているジャンルもみたいとしている。両国の大学生のテレビ視聴において，個人の先有傾向による選択的接触1）が窺える。</summary>
    <dc:date>2007-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>スウェーデン国民教育の将来展望 : 役割と課題（翻訳（1））</title>
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      <name>大村, 好久</name>
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    <updated>2018-07-17T07:01:26Z</updated>
    <published>2007-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: スウェーデン国民教育の将来展望 : 役割と課題（翻訳（1））
著者: 大村, 好久
抄録: 1990年代初め，「バブル経済」の崩壊に直面したスウェーデンは不況に陥り，深刻な財政赤字の悪化をともない，政治経済はかつてない打撃を受けた。91年に中道右派政党に政権を手放していた社会民主党は，94年総選挙により比較第1党となって返り咲き，その後2006年9月の総選挙まで政権を担ってきた。社会民主党政権は，21世紀を展望する社会改革を，スウェーデン福祉の基盤が「経済」にあるばかりか「環境」にもかかわることを認識して，“持続可能な開発Ecologically Sustainable Society”を目指すことに置いた。統治理念のパラダイム転換に併行して，開発の社会的側面でもある成人教育に関しては，97年7月に“Kunskapslyftet”（Adult Education Initiative）と称する5カ年計画の国家政策を導入し，あらためて社会人の能力形成にさらなる充実を図ることになった。それは文字通りには，“知識引き揚げ”であり，スウェーデンの新しい社会への転換を理解しかつ参与する，国民の能力向上の施策で，2002年に一応の終結をみたのである。 このような経緯を踏まえて，スウェーデンにおける『国民教育の将来展望』は2004年3月に公表され，スウェーデン政府に対し提出されたものである。この文書は，“国民教育folkbildning”が今後担うべき役割と持つべき課題について述べられたもので，今回これを二分して翻訳し，本稿では前半部分を（1）として紹介する。 国民教育の将来展望にかかわる第1の目的は，国民教育にたずさわる教師たちとその選任受託者，研究者，そしてその他の人びとの間でなされた検討と協議にサポートされて，2010年代を前にした国民教育の役割と課題について，収集された現状把握を政府に対して提示することにあった。すなわち政府の要請は，国民教育の次に目指す提議にともなう作業を前にして，基礎素材となるものの中にあったというのである。 この文書に学ぶことは，世界に先行する民主化された国家として，つねに国際社会をリードしているスウェーデンが，そうした地位を維持し持続させる基盤，つまり国民の力量をいかにして万古不尽のものとしていくか，この課題を巡る思索だといえる。</summary>
    <dc:date>2007-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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    <title>モードからストリートへ : 『non-no』における表紙アイコン変遷に係わるブール代数分析試論</title>
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      <name>栗田, 宣義</name>
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    <updated>2018-07-17T07:01:26Z</updated>
    <published>2007-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: モードからストリートへ : 『non-no』における表紙アイコン変遷に係わるブール代数分析試論
著者: 栗田, 宣義
抄録: 創刊以来37年の歴史を有し，現代日本を代表する女性ファッション誌『non-no』の，トップコピーを含む表紙コピー，ストリートスナップ，トップ広告および表紙アイコンなどの変遷に係わる記述統計を踏まえ，ブール代数分析によって，これらを数理的に把握することが本稿の目的である。QCAの結果，厳密命題「「愛のあるファッショナブル・マガジン！」のトップコピーが存在せず，表紙コピーが300字以上で，ストリートスナップ特集が組まれていないか，あるいは，トップ広告がメイクアップ・コスメである場合に，表紙アイコンにヘゲモニーシフトが生じる」，および，近似命題「表紙コピーが300字以上で，ストリートスナップ特集が組まれていないか，あるいは，トップ広告がメイクアップ・コスメである場合に，表紙アイコンにヘゲモニーシフトが生じる」が導出された。これらの定式化は，1970年代のアンノン族ブーム，1980年代の欧米ファッション礼賛，1990年代後半から近年に至る東京ストリートファッション中心主義，といったマクロな構造変動と密接に関係している。</summary>
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    <title>「国士」と「市民」の邂逅 : 右派の創った「参加型市民社会」の成立と変容</title>
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      <name>仁平, 典宏</name>
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    <updated>2018-07-17T07:01:26Z</updated>
    <published>2007-03-21T15:00:00Z</published>
    <summary type="text">タイトル: 「国士」と「市民」の邂逅 : 右派の創った「参加型市民社会」の成立と変容
著者: 仁平, 典宏
抄録: 通常，市民活動や参加・NPOなどのアソシエーションの勃興を，政治的には左派のポテンシャルを胚胎するものとして捉える議論が一般的である。本稿では，この議論に対する反例的な事例である日本健青会という自発的なアソシエーション及びその中心人物の末次一郎の活動や思想に注目する。健青会は，民族，天皇，領土などを重視して「右翼」と呼ばれる一方，海外青年協力隊やJYVAなどの制度創設の上で大きな役割を果たしたが，それらの制度は，いわゆる「参加型市民社会」を活性化し様々な市民活動を生み出すインキュベーターとしての役割を担うことになる。この錯綜した過程とその背景に迫るために，終戦から1970年代に至る変化について，内在的に再構成していく。 その理論的含意として，反官僚制的な心性で社会の問題に取り組むノンコンフォーミズムの平面は，左派右派という政治的志向性とは独立に存在し，その平面で両者は交錯しうること，よって，反官僚制という形態を根拠に，「参加型市民社会」を左派的と位置づけるのではなく，そこを転用戦の場として位置づけるべきことなどを，仮説的に考察した。</summary>
    <dc:date>2007-03-21T15:00:00Z</dc:date>
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